自分次第で、
人生の味は変わる
足立 良太
2005年 入社
レストラン キハチ
伊勢丹相模原店
シェフ

出身は、東京都・多摩市。高校を卒業後、ぼんやりと自分のやりたいことを考える中で、子どもの頃から好きだった「料理」を志す。吉祥寺の調理師専門学校を卒業後、講師に勧められた、当時の「キハチアンドエス」へ入社。料理のクオリティはもちろん、レストランでありながらしっかりとした待遇や福利厚生が揃っていることに驚いたという。現在は、「レストラン キハチ 伊勢丹相模原店」にてシェフを担う。

デザートから始まった、
シェフへの道

専門学校を卒業後の2005年、当時の「キハチアンドエス」へ入社しました。配属先は、現在の「キハチ イタリアン 伊勢丹立川店」。最初はデザートから入ったことを覚えています。当時のシェフは、現地へ修行に行ったほど本格的なイタリアンを手がける方で、パスタが好きな僕は夢中でその技術を学ぼうとしました。当時は、「一日でも早くパスタをやりたい!」と必死でしたね。
やがて、デザート、前菜と担当が変わり、しばらくしてパスタをやらせてもらえるように。火を使った料理に慣れてきた頃には、お肉や魚を焼くセコンドのポジションを任せて頂きました。最終的には、シェフの次に位置するスーシェフを担当したんですよ。そこまでで、ざっと六年半です。
こうして基礎を覚えた後、「キハチ カフェ」のシェフを一年ほど経験しました。それまでの調理技術に加え、メニュー開発や数字に関する勉強をしたこの期間は、いまの仕事にも役立っています。その後、青山本店や髙島屋横浜店での経験を経て、2016年より現在の「レストラン キハチ 伊勢丹相模原店」でシェフとして働いています。

味と人を繋ぐ、責任者として

伊勢丹相模原店は、決して大きな店舗ではありません。そのため、スタッフ一人ひとりの動きがとても重要。私自身も、シェフとして調理全般をおこなうことはもちろん、メニュー開発や数字の管理、人材育成など様々なことに携わります。掃除や片付けだってやりますよ。朝来たら、まずは丁寧にまな板を洗います。
中でも大きな時間を割くのは、メニュー開発です。前菜・パスタ・メインを合わせた合計三十程度のメニューのうち、およそ二十以上を二ヵ月に一度、変えていきます。キハチが大切にする素材へのこだわりを前提にしながら、原価や教育の観点、オペレーションなど様々な要素を踏まえて考えを巡らすその過程は、大変でもありますが、同時にシェフならではの醍醐味を感じます。
また、食材の調達も重要な仕事です。相模原は、おいしい野菜の宝庫なんですよ。ここが原産の株ネギなんかは、絶品です。産地へ伺い、自分の目と舌で確かめ、やっと見つけた厳選素材を週に一度、地元の農家さんから配達して頂く……のですが、時には天候などの都合で思うように揃わないことも。そうした際は、お客様へその旨をお伝えし、代わりの食材で調理をします。もちろん、味に妥協はしません。

人として、感じたこと。
シェフとして、学んだこと

「入社して六年半で、スーシェフへ昇格」こう書くと、いかにも順調なキャリアだと思われるかも知れません。しかし、実際は苦悩の連続でした。調理は、技術の仕事。だからこそ、初めの数年間は文字通り「何もできない」んですよね。やりたくても、知識も技術もない。料理はおろか、まかないすら任せてもらえません。もちろん、時には怒られもします。毎日、ヘトヘトでした。
そんな日々の中で、ある時ふと「辞めようかな」と思いました。休みの日も料理が頭から離れない暮らしに、嫌気が差したんです。よし、辞めよう。近いうちに、ちゃんと伝えよう。そう思っていたら、そんな気持ちを見透かすように、当時、務めていた伊勢丹立川店の先輩から「全部、自分次第だからさ」というひと言をかけていただきました。シンプルながら、重い言葉ですよね。結局、その時は劇的に想いが変わる訳でもなく、悪戦苦闘しているうちに自然と技術が身に付き、次第に「辞めよう」という気持ちは薄らぎました。しかしながら、あの時に言われた「全部、自分次第だからさ」という言葉は、シェフになったいまも覚えています。こだわりが詰まった味はもちろん、そうした支えて下さる人が周りにいることも、キハチの魅力かも知れませんね。
いまだって、できないことはたくさんある。けれど、自分次第と思えばやるべきことはシンプルです。これからも、一人の人間としてシェフとして、邁進していきたいと思います。